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2015 6 6

宗帥挨拶

日本太道連盟奥旨塾 宗帥 中 井 道 仁

ともに稽古する者達へ

太道の稽古には強くなる為の色々な方法がありますが、その1/3近くを「負」の要素が占めています。それは、「こんな事やっていて何になるのかな?」という一見無駄に思える練習の事です。しかし、それを積み重ねていく過程が、真の強さを持った自分を育ててくれることになるのです。

私が二十代半ばの頃に行っていた、数回の断食行の後に体調を崩し、どうしても体力が回復せず、内蔵まで壊してしまった時期がありました。その事を恩師である不動禅少林寺拳法三十二世種川臥龍先生にお訊ねすると「呼吸をすればよい。」とひとこと言われました。そして、足幅、地に着く足底の部位、膝の屈曲、骨盤の位置、身体の前面に置く腕の形、頭頂の位置まで細かく指示され「臍と肛門で深く静かに呼吸を繰り返し、そのまま木になるまで立っておれ。」とただそれだけです。よくわからないまま、でもとにかく教え通りに立とうとするのですが、それがなかなか難しく、最初の頃は10分も立っていれば足はガクガクして思うように行きません。何より退屈ですし、意味も目的も分かりません。しかしこつこつと毎日繰り返していると20分30分と立てるようになってきます。そんなことを休まず続けていると、いつの間にか気がつけば、内臓の調子も良くなっていて、尚かつ様々な効果が現れてきたのです。何故か確実に強くなっていた打撃力、運足の安定による見切りの正確さと受け身の強さ、そして何よりも気の漲り。本来、質量と速度を基に表現されていた練習の成果が全く異質の方法で身についていたのです。

この方法に少し手を加え整理したものを太道では「正鎮」と呼び大切な「基本の鍛錬法」の一つとしています。この種の稽古は非常に退屈で、効果は直ぐに目に見えるものではありません。また道場で皆とで一緒に練習をするといった類のものでもありません。それは自己の強い意志によって挑むべきものであり、ある者は山の中で、ある者は真夜中の公園で、ある者は道場の片隅で黙々と取り組むようなものなのです。

私の道場でも以前はそのように「武」に取り組む弟子達が多くいて、それが太道の道場の特徴であり、一種の風格にもなっていたように思います。そしてその頃は、トーナメント等の場に於いても、体格も速さもどう見てもかなわないと思われる、誰が見ても強そうな相手を、最後には倒してしまうような太道独特の粘り強さを持った選手が多かったように思います。

今の世の中はともすれば無駄を省き、最短の方法で目標に到達しようとする傾向にありますが、術や技と呼ばれる物は気の遠くなるような稽古の繰り返しの中からしか生まれません。その大切さを、私は師から教わりました。

「目標を高く定めること」「素直なこと」「決して諦めない事」すべてはそこから始まります。

中 井 道 仁

2015 6 6

宗帥略歴

1953
7月15日生 奈良県出身

少年期より空手、拳法、柔道などの武にしたしむ

1971
佛教大学入学

不動禅少林寺拳法 第32世宗家 種川臥龍先生に師事、そのすべてに絶対的影響を受ける。

1974
全日本学生選手権大会優勝
1977
全日本選手権大会優勝
1980
不動禅少林寺拳法 京都支部道院「奥旨塾」開設
1981
東洋医学の勉学を通じ、独自の理論・体操作を持った武道を研究し、その理念を「太道」と命名し、行に入る。
1983
第一回フルコンタクト拳法・オープントーナメント開催

(顔面パンチはもちろん、打撃技すべてを可とする画期的なルールによる大会のスタートであった。)

1988
不動禅少林寺拳法連盟退会

同年「日本太道連盟 奥旨塾」を設立

1989
この年よりフルコンタクト・オープントーナメントを太道選手権として開催。現在に至る。
現 日本太道連盟 奥旨塾 宗帥
しょうざん鍼灸院 院長
京都造形芸術大学 非常勤講師